お客様の声

栄養学で社会を照らす存在へ伴走。
先見の明を持ちし起業家の軌跡とは。

(株)ヘルスビジネスメディア様
会長
木村 忠明 様
業種

情報誌発行業

税務・会計給料計算代行就業規則の作成・修正
(株)ヘルスビジネスメディア様ホームページ

株式会社ヘルスビジネスメディア様は、健康食品、機能性食品など健康ビジネストレンドを報道する専門紙「ヘルスライフビジネス」を長年発行されてきました。栄養学における情報資料として、購読者層は全国でも多岐に渡り、「健康食品メーカー、一般食品メーカー、大衆薬メーカー、各種受託加工メーカー、化粧品メーカー」など、健康における製品・商品、およびトレンドを造り続けている方々の貴重な指針となる専門誌になっています。
 
“健康”とは、人が関心を寄せる最たること。日本のみならず、世界において健康産業は人類を支える貴重な一助となっています。そして、健康を支える“栄養学”は一朝一夕で情報が得られるものではありません。
古来から続く、人々の様々な事象・取り組み・研究を重ねた結果が現代の日常的な健康へつながっている事実。これまで約半世紀、栄養学と向き合い続け、今や栄養学発信の情報インフラとして欠かせない、健康の専門誌「ヘルスライフビジネス」の創業・発行をされた業界の権威、ヘルスビジネスメディアの木村会長にお話を伺いました。

旭日税理士法人にご依頼いただいたきっかけは何ですか?

旭日税理士法人さんとのお付き合いはもう20年以上ですね。桑畑先生との出会いはすでに30年以上、まだ、お互いが勤めていた頃からです。
時が流れて、旭日税理士法人へご依頼をさせていただくようになりましたが、経営という部分は紆余曲折あります。大体は人のことか、資金のことに尽きますから。
会社が苦しかった時も桑畑先生は仙台から東京まで駆け付けて動いてくれて、そうした姿勢で長年、親身になってご支援してくださいました。だからこそ、大きな判断の時は今でもご相談をしています。
時間の長さだけが人間関係を作る要素ではないでしょうけど、ご一緒に歩ませていただいた歴史はとても大切にしていますし、今でも常日頃からご連絡が取れることに感謝しています。

起業に至るまでの背景などをお聞かせいただけますか?

株式会社ヘルスビジネスメディアの起業、専門紙「ヘルスライフビジネス」創刊に至るまでは様々な要素が幾年にも積み重なっていたように感じます。
少々、幼少期からのことをお話させていただくと、私自身は東京の世田谷生まれ、東村山育ちです。戦後の時代ですから、今ほど食料が豊富ではありませんでしたが、家族みんなで知恵を出しながら暮らしていました。そして日本の原風景が残る東村山の一面の田んぼの景色を今でも覚えています。
江戸時代から“関東八州”と呼ばれる、関東八か国の往来の拠点になっていたのが東村山であり、「情報発信・安息の土地」という点は、今の健康産業における情報誌発行の私の原点につながっているかもしれないですね。笑

小学校に通うようになると、段々と興味は多方面に湧いていくようになりました。宿題ドリルを解く時は予備知識として世の中の情報収集し、解答への読みを考察していた感覚を今でも覚えています。
その時代、情報を得るものと言えば“新聞”が主な手段。新聞を捨ててしまうと、もう情報が無くなってしまう。“情報を記録していきたい”という感情はその時に芽生えていったのかもしれませんね。
田んぼに立って朝日や夕日を浴びて育ちながらも、“学びを記録に残す”ということが後々の人生につながっていったと思います。
 
大学のときには有志で集まり雑誌編集・発行などは取り組んでいましたが、すぐに現在の道を志した訳ではありません。大学卒業後に先輩の紹介で雑誌構成の広告ページ作成の仕事を始めました。当時はなかなか激しい時代で朝晩関係なく働き詰めの毎日でしたね。
それだけ熱中し、真剣に取り組めていたときに同級生で呑み会がありました。近況報告なども兼ねてでしたが、みんな段々と結婚ラッシュでね。笑
自分自身も人生をより深く考えたときに転職を決断。縁あって食品技術系の雑誌を発行している会社で働くことになりました。

 
今からもう40年以上も前の話ですが、ここで遂に「栄養学」「情報発信」がつながり、まさに人生の転機となる仕事に出会いました。最初は「食品開発」と「漬物」の雑誌を出していく部門に配属され、食品における歴史のみならず、ビタミン・ミネラル・たんぱく質・乳酸菌など、様々な栄養素の学びを大きく深める機会になりました。
幸いにも、幼少期から、“情報を記録して、記憶する。”ということを繰り返していたので、新しい知識を自身の中に加え、発信するのが楽しく、まさに遂に出会った天職という感じでした。
当時の日本では、まだサプリメントという言葉は浸透しておらず、各種栄養素においても未知の世界でした。
それでも、人類が食事を通して生き続けてきた中で、「新しい栄養素の発見」「栄養素の効能」というのは命を救う貴重な情報となるので、自身が学びを続けた先に情報として発信し、社会貢献ができるのはないかと考えて、起業を決意しました。事業領域は「栄養学発信の情報インフラ」として雑誌の発行。この項目に決めました。今からちょうど30年前のことです。

ご依頼いただいてよかった点などをお聞かせいただけますか?

起業した頃がまさに、冒頭でお話した桑畑先生との出会いでした。段々と磨かれていく想いや構想をご一緒に語り合ってね、経営においては今現在でもそうですが、いつも白熱して未来について話して、もう30年になりますから。
科学は人間が知恵を出していくことで新しい道が拓けます。先人達が不確かなことに挑戦してきた気概があったからこそ、現代においての栄養が明文化され、人々の健康がある。人も会社も命が大切です。
桑畑先生は税理士という仕事を越えて、私達と一緒に歩んでくれた存在だと感じています。日常でも、困った時でも、声を掛けてくれる仲間です。
人は身体の健康だけではなく、心の健康も重要ですから。寄り添って一緒に考えてくれる人がいることで、救われて、新しい道を切り拓いて挑戦することができる。
これまでヘルスビジネスメディアが培った知見・経験・誇りは会社を支えてくれている社員へ受け継がれています。日本の健康を支える情報インフラの役目として栄養の情報発信で社会の健康を照らし支えていること。
旭日税理士法人さんはその私たちを長年ご支援してくださっているのですから、やはり、仕事・社会はみんなつながっているのかもしれませんね。
これからもぜひ、よろしくお願いいたします。